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2006年09月29日
広場と路地と芸術 | space




私はレイブに興味が無い。ありそうに見えるようだけれども、ない。やっとなれてきたけれども、美術館もギャラリーも苦手。

なぜだろう。

最近 Japanetica の中野さんと路地探検撮影ツアー打ち上げで「レイヴ/路地/広場」の話になった。そのとき、そうだ、路地のあのどこに抜けるのか分からないドキドキや疾走感と、広場の秩序ある空間の違いかもしれない。と気がついた。

レイヴや美術館は、なんとなく、予定調和というか、疾走感とめまいのない空間(のようなイメージ。実際に行ってみると強く惹かれる場合もある)。「CET」や「素人の乱」は先の見えない路地を猛スピードで引き込まれてゆくような場。分かりにくいかもしれないが、眠りに落ちる瞬間に感じる浮遊感と、頭の中を不随意の猛スピードで駆け抜ける映像と際限なく増幅する音。これに近い。

西洋の現代アートは、強い「理論」が前提にあるような気がする。すべてがそうではないが、無秩序すらも、強い均衡を前提とした無秩序に見える。だからヨーロッパの現代アートの展示空間は「あのような感じ」になるのだろうか。日本の偉い美術館もその構造の上にあるのだろうか。日本の美術館にあまり行ったことがないので何とも言えない。

ただ単に、私が六本木テレ朝裏路地出身の足立兎小屋育ちだから、こぎれいな空間が異質すぎるように感じるだけなのだろうか。(デザイナーなのに!)

松岡正剛の千夜千冊『市場の書』 →
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