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2006年08月25日
風にあらがわぬ草 | issues




風知草という、日本で古くから親しまれている草がある。
風になびく姿があまりに美しいのでこの名がついたのであるが「風にあらがわないからこそ、風を知る」という考え方はいかにも日本人らしい。風に流される姿は風との一体感、自然との共振。しかしそれも沖縄人にはかなわない。風になびくどころの騒ぎではないのだが、看板が吹っ飛んでも屋根が吹っ飛んでも、台風がすぎたら直せばいいさと気にしない。単に東京人の虚弱さから、彼らの強靭なアッケラカンが特異に見えたのだろうか。地震も火事もお祭り騒ぎにしてしまった(かなり死人は出たと思うが)江戸の人たちと、私たちはどこですり替わってしまったのだろうか。空襲のさなかの荻窪の様子を見ると、やっぱり江戸の火事見物のように、ぺちゃくちゃしゃべりながら人々はのったりのったり避難している。当の内田百間は、これだけは、と一升瓶を抱えて土手の上で一杯。(内田百間の手記より。やっぱり死人はかなり出たのだが)。やれ石に蹴つまづいてはお上をののしり、先生をののしり。ちょっと物に傷がついては大騒ぎ。そのくせ本当に忘れてはいけない大事な物が、いまわの際まで見つからず、定年になって慌てて本屋で「老後の生き甲斐マニュアル」を買う。それでも、これからの日本で「風知草」のような心洗われる名前を自然の中に見いだす文化は復興されると思う。なんとなくそんな希望を持っている。今となってはエコ先進国と言われるドイツは、80〜90年代の汚染の惨状から30年かけて、小川のほとりで風の音を聞く生活を復興させたのだから。

あひろ屋の手ぬぐい/風知草




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