mamagod
 | home |  issues |  art |  deutsch |  haiku |  space |  works |  book design |  graphic design |  illustration |  web | 
a
aaa aa

2006年08月20日
反日の未来を憂う | issues




日本およびドイツにおいて、直接的に面識のある韓国人の中では、未だ「嫌韓流」に出てくるような傍若無人な輩に出会ったことが無い。

しかし、韓国の国内報道に見られる韓国人の(小中学生や主婦も含め)インタビューからすると「日本のような劣悪非道な隣国のおかげで韓国は本来あるべき発展を阻害され、辛酸をなめる日々。日本なんか核ミサイルを受けてなくなってしまえ」というのが一般的な意見のようだ。日本のメディアでほとんど取り上げられないが、背筋の凍るような反日映画や小説が国内でヒットし「反日市場」に企業も政府も乗っかっている。

朝鮮日報 Chosunilbo :映画『韓半島』→

これら一つ一つに対して理路整然と反論することは容易いだろうが(相手が聞く耳を持っているかはさておき)、何より不安をかき立てられるのは、反日感情の先に何もユニバーサルで幸福なビジョンが見えないことだ。

仮に日本が核ミサイルで消滅したとして、韓国人は幸せになるのか?日本のみならず、アンタッチャブルな宗教色の強い地域の聖典を燃やす映像がYOU TUBEで公開されて問題になったこともあるが、そのようにして異文化を排斥した結果、どのような未来を望んでいるのか。ドラえもんまで独裁スイッチで消してしまったのびたのような、荒涼とした世界にしかならないのではないか。

ただ単に、隣国諸国に文句を付けて、あぶく銭を巻き上げたいのか。一時的に国民を団結させたいだけなのか。仮想敵国を作ることで国内を団結させるというのは、短期的には有効だろうが、そこで巻かれた憎悪の種は、仮想敵国が消滅したときのフラストレーションとして、どこか別の対象に向かう負のエネルギーになり得る。

人を蹴落として得られる満足感や安心感は、非常に不毛で不安定なものだ。結局は自分の立ち位置は全く変わっていないのだから。自分も前進できない上に、お隣さんも先に進めない。

デザインや芸術分野では、韓国の華々しい活動に多くの日本人が共感し、国境を越えた交流が進む中、上記のような風潮が国内に蔓延しているのは非常に切ないことだ。

一説によると、茶道は韓国で生まれた文化らしい(と韓国が主張していたらしい)。もしそうであるならば、「誰かが憎い、死んでしまえばいい。もしそんな思いが消えぬのならば、真摯に恨みと向き合い、とことん恨みなさい。寝食を忘れひたすら恨み抜きなさい。真に恨み抜いたなら、その想いは何も生み出さないことが分かるはずです。」といった禅僧の教えを一人一人が実践した方がいい。

今回の私の意見は、一見すると「嫌韓思想」に分類されそうではあるが、そうではない。これも先ほどの「恨み抜く」ことと同じで、韓国を民度が低いとののしることもまた何も精進になりはしない。私の周りにも「嫌韓思想」の人間がいくらか存在する。毎日テレビにかじりつくか、2ちゃんに書き込み。

まるで、頭が二つあって、お互いにののしり合って前に進めない奇形の姉妹(おとぎ話などにたまにそういうのが出てくる)を見ているようだ。




a
aaa aa


aaa aa